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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)57号 判決 1956年9月04日

原告 佐藤嘉洋

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十六年抗告審判第二九七号事件について、特許庁が昭和二十九年十月二十日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告はその考案にかゝる三輪自動車の構造について、昭和二十四年十月二十七日実用新案の登録を出願したが(昭和二十四年実用新案登録願第一七五六一号事件)、昭和二十六年三月二十日拒絶査定を受けたので、同年四月二十三日右査定に対し抗告審判を請求した(昭和二十六年抗告審判第二九七号事件)。原告の当初出願した登録請求の範囲は、「図面ニ示ス如ク「ハンドル」(2)ニヨリ前輪(1)ヲ操縦スベクナセル「オート」三輪車ノ該前輪(1)ニ、開閉自在ノ「カバー」(3)ヲ設クルト共ニ、操縦席ニ屋根(5)風防「ガラス」(6)並ニ開閉扉(7)(7)ヲ設ケテ四輪自動車ノ如キ形状トナシ、更ニ前輪(1)ノ「カバー」(3)内ニ油槽(8)ヲ設ケ、且発動機ニ「カバー」(10)ヲ形成セシメテ成ル三輪自動車ノ構造」であつた。しかしながらその説明書中に不明瞭な点があつたので、原告は、抗告審判官の適切な指示により、実用新案の性質、作用及効果の要領の記載とともに、登録請求の範囲を「図面ニ示ス如ク「ハンドル」(2)ニヨリ前輪(1)ヲ操縦スベクナセル「オート」三輪車ノ該前輪(1)ニ、其ノ下方ヲ僅カニ除キ前方及両側ヲ被覆スル開閉自在ノ「カバー」(3)ヲ設クルト共ニ、操縦席ニ屋根(5)風防ガラス(6)並ニ開閉扉(7)(7)ヲ設ケ、更ニ前輪(1)ノ「カバー」(3)内ニ油槽(8)ヲ別個ニ設ケ、且発動機ニ「カバー」(10)ヲ形成セシメテ成ル三輪自動車ノ構造」と訂正したところ、抗告審判官は拒絶の理由を発見せずとなし昭和二十八年九月三十日右登録出願の公告がなされた。

しかるに右出願公告に対し、訴外三井精機工業株式会社及び愛知機械工業株式会社から、別々に登録異議の申立がなされ、後者の異議申立は理由がないものとされたが、前者の異議の申立は理由があるものとせられるとともに、特許庁は昭和二十九年十月二十日原告の抗告審判請求は成り立たないとの審決をなし、その謄本は同月三十日原告に送達された。

二、右審決の理由の要旨は、次のとおりである。

本件出願の実用新案の要旨は、その図面及び説明書の記載からみて、ハンドルによりその前輪を操縦することができるようにしたオート三輪車の前輪に、その下方を僅かに除き、前方及び両側方を被覆する開閉自在のカバーを設けるとともに、操縦席に屋根、風防ガラス並びに開閉扉を設け、更に前輪のカバー内に油槽を設け、かつ発動機にカバーを形成してなる三輪自動車の構造にあるものと認める。一方登録異議申立書で引用された本件出願前国内に頒布された刊行物オートタイペンブツクAutoty pen buch一九三八年第二十六輯に記載されたゴリアツトと称する自動車は、ハンドルにより前輪を操縦する三輪自動車であつて、前輪に開閉自在のカバーを設け、操縦席に屋根、風防ガラス並びに開閉扉を設け、更に前輪カバー内に油槽を設けたものである。

そこで本件出願のものと、前記ゴリアツトとを比較してみると、ハンドルにより操縦する前輪に開閉自在のカバーを設け、操縦席に屋根風防ガラス並びに開閉扉を設け、更に前輪のカバー内に油槽を設けた点で一致し、前輪のカバーの深さの点で差異があり、発動機にカバーを付した点で相違している。

しかしながらカバーの深さを適宜に変更するようなことは必要に応じ当業者が容易に考えられる程度のことであり、発動機にカバーを附することも、従来のキヤブオーバー型トラツク等で周知であるから、この点においても考案を認められない。結局本願の実用新案は、前記刊行物に示すゴリアツトと称するものより容易に考えられる程度のものと認められるから、実用新案法にいう考案をなしたものと認められず、同法第一条に規定する登録要件を具備しないものと認めるというのである。

三、しかしながら右審決は次の理由によつて違法であつて、取り消すべきものである。

(一)  原告の本件考案は、わが国独特のオート三輪車の改良に係るもので、このオート三輪車はオートバイの一個の後輪を二個としたものであつて、そのために発動機が操縦者の両足下にあるから、車長が短く、従つて軽量であり、前輪が一個であることゝ相まつて車の廻転半径が極めて少さく道路の狭いわが国の輸送機関として最適であり、発動機が空冷であるから、ラヂエーターを要する水冷発動機に比し廉価であつて、これをダツトサンの如き小型自動車に比べれば、四割前後廉価であり、更に車体が軽量であるから積載量も三割前後大であり、燃料費も僅少である等、今日動力を有する陸上の輸送機関としては、世界で最も低廉であり最も小型軽量であるから、このオート三輪車はわが国に最適の車として利用されている。しかしながら当時のオート三輪車は、あまりに不体裁であるので、本件考案は、このオート三輪車に可及的僅少の変更を加えることによつて、小型四輪自動車と同じ外観を有せしめ、しかも小型四輪自動車では得られない前記の特徴を、そのまゝ生さんとするものである。従つてこの操縦者の両足下に空冷発動機を有する構造を度外視しては、本考案は全く意味がないのであるから、原告は異議申立に対する答弁書中に、この構造を第一要件として強調した。尤も原告出願の説明書中には、発動機が空冷式であること並びに発動機が操縦者の両足下にある第一要件の構造であることは、あまりにも一般機械常識であるから「在来のオート三輪車」と記載するに止めたのであるが、本件考案の三輪自動車の発動機の空冷であることは、説明書における「発動機にカバー(10)を設けるが故に、操縦者の足を火傷せしめ、又はズボン等を焼損せしむることなからしむる等の効果を有す。」及び「(10)は発動機及ギヤーの両側及上部を被覆する如く設けたカバーにして、これに適宜の通気孔(11)を設く。」の記載並びに図面中にラヂエーターが示されていないことによつても明白であつて、本件考案の発動機は空冷以外には在り得ないのであり、更に本件出願当時わが国で製作されたオート三輪車は敗戦後の物質不足から、屋根はもちろん風防ガラスすらないものが多く、そのために本件考案が生れたのであつて、高価で資材を要する水冷発動機をオート三輪車になど付ける筈がなく、当時のすべてのオート三輪車は空冷発動機であつたこと、更に発動機が両足下にあることも図面第一図中に明確に示されてあり、更にこの両足下に空冷発動機を有する三輪車を一般にオート三輪車と称して居つたから、敢えてその構造を明記しなかつたのであるが、その説明書中に「在来のオート三輪車」とオート三輪車なる言葉を四回も使用し、かつ上記のように説明書及び図面の記載から、本件考案の三輪自動車は、第一要件の操縦者の両足下に、空冷発動機を有する構造であることは論のないところである。

しかるに引用のゴリアツトと称する三輪自動車は、操縦室の前方に発動機を設け、更にその前方にラヂエーターを設けた構造である。従つてこの車はラヂエーターを有する点よりその発動機は水冷型であるから、本件考案の空冷型のものに比し高価であり、かつ発動機を操縦室前方に設けた構造であるから、本件考案の操縦者の両足下にあるものに比し車長が増大し、従つてこれだけ資材を要し高価となり車体重量の増加だけ積載量が減少し燃料費を増大し廻転半径が大となる等、この第一要件の異ることにより、オート三輪車が有する上記の効果は全く失われている。これはこの車が十七、八年前の外国の車で、普通の四輪自動車と同じく操縦室の前方に発動機及びラヂエーターを設け、ただ二輪の前輪を一輪としただけであるから、本件考案の第一要件のものとは、その構造の相違より作用効果の異るのは当然である。(二)以下に詳述する本件考案の諸要件は、いずれもこの第一要件を基礎としてなされたもので、この本件考案にとつて基本的要部である第一要件について、審決書中に全然言及していないのは、これ程の効果上の大差があり、構造上差異があるのを同一視したものであつて、これは正しく類似の範囲を不当に拡張した違法と共に、審決理由としては、審理不審の違法があるものである。

(二)  第二要件の操縦席に屋根、風防ガラス並びに開閉扉を設けた点に関しても、引用のものは、普通の四輪自動車と同様、発動機は前方の発動機室にあつて、操縦席には発動機のない純然たる操縦者だけのものであるから、この部を部屋とすることは極めて容易であるが、本件考案は空気により気筒を冷却する必要のある発動機を操縦者の両足下に有する第一要件の構造であるから、この部を部屋とすると発動機の冷却を阻害する虞があるから、原告の出願前には何人も企てなかつたのである。しかるに本件考案は、発動機に第五要件の特殊のカバーを設けることにより、空気を誘導して冷却の効果を高めるようにしたから、この空冷発動機を有するオート三輪車の操縦席を部屋とし、前輪に深いカバーを設けて、四輪自動車と同様の外観となし得たのであつて、審決のように、単に屋根、風防ガラス並びに開閉扉という外観だけを捕えて比較すれば両者は同じであるが、両者は前記第一要件の相違より、引例は普通の四輪自動車と全く同じく、操縦室は前方の発動機室と劃板を以て区劃された、全く独立した操縦者だけの室の構造であるが、本件考案は操縦室兼発動機室であり、発動機が空冷であるから、冷却空気を誘導する第五要件の特殊カバーを必須要件とし、かつこの発動機のカバー内に空気が侵入し得るために、前輪カバーとの間に劃板のない操縦室の前方が開放された部屋で、しかも発動機の特殊のカバーを有する構造であるから、引例と本件考案とは、その構造はもちろん、作用、効果とも甚しく相違するものである。

(三)  第三要件の前輪のカバーの点に関しても、引例の車も「前輪に開閉自在のカバーを設け」と指摘し、該カバーが本案の前輪のカバーの如く断定されているが、引例のカバーは、油槽、発動機、ラヂエーター並びに気化器等の直上にあるから、これは普通の自動車と同じく機関室のカバーであつて、この機関室の前方下に前輪があるから、ついでにこれを覆つたまでのもので、本件考案の純然たる前輪だけのカバーとは第一条件の相違から甚だしく異るのみならず、引用のものは水冷機関であるからラヂエーターを必要とし、これがカバー内にあるから、カバーは前方程浅く傾料状となして、カバー内に空気が侵入し得るようにしたもので、もし前方を深くするとラヂエーターはカバー内の最も高い処にあるから、空気がカバー内にこもつてラヂエーターを冷却せず、発動機を焼損するから、これ以上深くできない構造である。従つて写真のように、該カバーは前輪の四分の一ないし三分の一を被覆するに過ぎず、前輪は前方及び両側方より丸見えであるから、引例のものは絶対に四輪自動車には見えない。

これに対し本件考案は、四輪自動車と同様の外観のものを得んとするものであるから、説明書中に「前輪にその下方を僅かに除き前方両側方を被覆するカバーを設け」と三回も操り返し、該カバーの極めて深い構造であることを強調しているのであつて、本件考案の成立するためには、前輪が可及的に見えないよう深いことが、これまた必須要件であるばかりでなく、前述のように、第五条件の発動機に誘導カバーを設けたからこそ、操縦席を部屋として得るとともに、第三要件のようにカバーを深く設けても、発動機の冷却を阻害させないのであつて、この相違は結局本件考案のカバーが単なる前輪だけのカバーであり、かつ誘導カバーを発動機に設けたから深くできたのであるが、引用のものは単なる前輪だけのものでなく、ラヂエーター、発動機、油槽及び気化室等を設け機関室のカバーであるから、深くできないのであつて、両者はその構造はもちろん、構造の相違より、作用効果目的ともに甚だしく異るものである。しかるに審決は、「カバーの深さを適宜に変更することは、当業者の必要に応じ容易に考えられる程度のことである。」と断定されたのであるが、三輪自動車で機関室兼用ではあるが、前輪にカバーらしきものを設けたのは引例しかないのであるから、この絶対に深くなし得ない構造の引例のカバーから、深いことを必須要件とする本件考案のものを、当業者でも考えられないものであればこそ、業者である異議申立人は、他の文書を態く提出したもので、(審決は、これらの文書には何等言及していない。)これを当業者なれば必要に応じ容易に考えられるとは、前記の如き大きな構造及び効果の相違を無視し、類似の範囲を無理に拡張した違法であるといわざるを得ない。

(四)  第四要件の油槽の点に関しても、審決は「前輪のカバー内に油槽を設けた点で一致し、」と指摘しているが、引例の油槽のある部分は、上記のように、前輪のカバーというより機関室のカバーであつて、本件考案の純然たる前輪のカバーとは異るのみならず、油槽が発動機上にあると乗降に邪魔であるばかりでなく、発動機が空冷であるから、仕事の直後は高熱となつた気筒によつて下方から油槽を加熱し、ガソリンを蒸発させ、しかも本件考案がこの部を部屋としたから、扉を密閉すると空気が室の上部にこもつて危険であるから、この油槽を発動機上より除去し、発動機の無い前輪のカバー内に移したものである。しかるに引例のものは、水冷機関であるから、発動機の表面温度は摂氏百度以上にならないから、油槽を発動機上に設けても危険は全くなく、従つて油槽を発動機の直上に設けているのであつて、空冷発動機なるがゆえに、油槽を発動機上より分離せんとする本件考案とは、着想において正に正反対であつて、両者の断面図を比較すれば、本件考案は発動機と油槽が発動機室と前輪カバー内に各別に分離して設けられているのに対し、引例は両者が機関室内に同居しているのであるから、両者は明かにその構造上大差を有し、作用効果も甚だしく相違するので、これだけ変る両者を「前輪のカバー内に油槽を設けた点で一致し」とは、皮相の論であつて、これまた類似の範囲の拡張と断ぜざるを得ない。

(五)  最後に第五要件の発動機のカバーについても、審決は、「従来キヤブオーバー型トラツク等で周知である。」と指摘しているが、このキヤブオーバー型の発動機のカバーというのは、都内のバス等で見られる通り、発動機の上部が車室内に露出するのを防ぐ目的で、床面上に出た気筒部をすつぽり船底型のカバーで被覆したもので、もちろん発動機は水冷であるから、このカバーは本件考案のように前後に開口を有せず、発動機を完全に被覆しているのであつて、従つてこのキヤブオーバー型のカバーを以つて、本件考案のカバーに代えたとすると放熱不能であるから、恐らく数分の運転で発動機を焼損することは論なきところであつて、これは両カバーの構造効果目的の相違から生ずる当然の結果であつて、これを同一視する審決は、全く両者の構造の差異並びにこれより生ずる効果の差異に関する判断を誤つた違法であり、かつ前述のように、この冷却空気を誘導するカバーを発動機と形成することにより、初めて第二、第三要件の操縦席を部屋として、前輪に深いカバーを設けて、四輪自動車と同様の外観としたものであつて、この発動機を焼損してしまう、本件考案のカバーとは正反対のキヤブオーバー型のカバーが周知であつても、本件考案は何等新規性を失うものではなく、これを同一視する審決は、これまた類似の範囲を不当に拡張したものと確信する。

これを要するに、上記の如く本件の実用新案の五要件は、本件考案成立の必須要件で互に密接不可分のもので、これを一つ欠くも考案は成立しない、しかるに審決は、その理由中で、本件考案の基本的要件で、しかも引例と比較して構造並びに効果上最も差異のある第一要件について全く言及しないのは、正しく審理不尽若しくは理由の不備であり、前記第二、三、四要件の三点に関しても、第一条件の相違から引例のものと本件考案のものとは、その構造、効果及び目的とも甚しく相違し、最後の第五要件では、効果正反対の構造のものを引用し、同一の如く判示した。この審決理由は、明かに類似の範囲を不当に拡張した違法であつて取消を免れないものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)  先ず原告は、本件実用新案の要旨として、(イ)操縦者の両足下に空冷発動機を有すること。(2)操縦席に屋根、風防ガラス並びに開閉扉を設けたこと、(3)前輪のカバーは発動機は被覆せず深いこと、(4)前輪のカバー内に油槽を設けた(5)前後に開口のある発動機カバーを設けたことを挙げているが、本件実用新案の要旨とするところは、先に原告が請求原因一で述べた訂正にかゝる登録請求の範囲に記載されたとおりのものであつて、原告の右主張のようなものではない。

そして右登録請求の範囲に記載されている「オート三輪車」は、発動機を備えて、三輪で走行する車輛のことであつて、発動機にはガソリン機関、軽油機関、木炭機関、ヂーゼル機関等種類が多く、堅型、横型、空冷式液冷式等の区別もあり、大きさにも種々あり、動力源としてそのなかから任意に選択することは、何等考案を要するものでない。従つて本件の実用新案において、その作用効果の記載、図面等から判断して、登録請求範囲の記載中の発動機は、従来普通の発動機ならどれでもよいのであつて、空冷式でなければならないという根拠はないから、審決で液冷式のものと比較し、空冷液冷の相違点に触れないからといつて違法ではない。

(二)  次に原告主張の各項について述べる。

(1) わが国のオート三輪車は、空冷発機を備えたものが大多数であるが、それは製作販売の都合による経済的事情によるもので、水冷式発動機を備えた自動三輪車の構造が、本件出願前国内で公知であることは顕著な事実で、電動機を備えたものも公知である。従つてたまたま現物として空冷発動機のものしか見られないからといつて、オート三輪車といえば、空冷発動機を備えたものであるとする原告の主張は当らない。

発動機が操縦者の足下にあることは、図面に示されているが、作用効果の記載に徴して、また従来の事実から考えて必ずしも要旨とは考えられない。

わが国で現今行われているオートバイ、オート三輪車の大部分は空冷式であるが、カバーを付したものは殆んどなく、冷却のためには却つて開放が必要で、カバーを付する場合には、その空気取入口に特に考慮を必要とする。本件実用新案のように、前輪カバーが深くなつているものでは過熱を起すおそれが充分で、発動機にカバーを付した事実は、空冷発動機である根拠にはならず、逆に水冷式のものと考えた方が妥当である。

また空冷式発動機では操縦者の被服を焼損すると原告は主張するが、液冷、空冷でも外面はそのような高温にならないようにするのが、機械設計の常識で、空冷気関でも気筒壁の平均温度が摂氏一五〇度放熱鰭の先端で七五度位で、この点の主張は理由がない。

更に原告は、出願書類添付の図面中にラヂエーターが示されていないことを挙げているが、出願書類添付の図面は、略図であつて設計製作図面ではないから、要旨でない部分は、表示しないでよいということは常識である。原告は空冷式の積りであつたかも知れないが、油槽からの配管、変送レバー等を表示していないように、ラヂエーターも表示されていないと解釈しても一向に差支えない。

以上の観点からすれば、空冷式発動機であつてもよいが、空冷でなければならないという主張は妥当ではない。従つて液冷発動機付オート三輪車であつても、他の条件を具備すれば、本件の考案と同一考案に基く類似範囲にあるものと考えて差支えないものである。

(3) いわゆる第二要件について、原告は、本件考案は、屋根、風防ガラス、開閉扉を有する点で引用例と同じであるが、本件考案のものは空冷発動機のものであるから相違すると主張するが、前項で述べたように、空冷発動機である点は要旨外であるから、原告の主張は理由がない。またたとえ空冷発動機であつても、乙第六号証に示すようなものに開閉扉を設けることは、何等考案を要するものとは考えられないから、発動機の種類によつて構造作用が異るとの主張も理由がない。

(3) いわゆる第三要件について、原告は引例の車の前輪カバーは機関室カバーであつて深くないから、本件考案の前輪カバーと相違すると主張するが、引例も前輪を被覆しているには間違いなく、かつこの点は要旨外でカバーの深浅は当業者が容易に改変できる設計で、程度の差に過ぎないから、原告の主張は理由がない。なお、四輪自動車に見えるか見えないかの点は、四輪自動車の前輪は外部から必ず見えるもので、本件考案のもののように、前輪を隠してしまつても、やはり四輪自動車に見えないことでは差異がない。

(4) 前輪のカバー内に油槽を設けた点は、本件のものも引例のものも異らないことは、原告も認めているが、いわゆる第四要件について、原告は本件考案のものは、発動機と油槽とを別室にした点で引例と相違し、それは空冷発動機では一緒にすると危険であるためであると主張するが、本件考案のものが空冷発動機に限られるものではなく、仮りに空冷発動機だとしても、前述のように高温となるものではないから、原告の主張は理由がない。

(5) 最後に原告は、水冷式発動機のカバーと空冷式発動機のカバーは異ると主張しているが、外面に暴露して都合の悪いところにカバーを設けることは当然で、空冷発動機にカバーをしたものも従来公知であり、発動機の種類には無関係にカバーをつけることは、当業者が容易になし得ることである。

以上要するに、原告は殊更に要旨外の点を要旨であるように論じ、引用例との差異を述べ、これに基いて審決を不当だと主張しているもので、原告の主張は、その理由がない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証によれば、原告の登録出願にかゝる本件実用新案の考案の要旨は、その説明書及び図面の記載により、「ハンドルによつて一輪であるその前輪を操縦するようにしたオート三輪車の前輪に、その下方を僅かに除いて、前方及び両側方を深く被覆する開閉自在のカバーを設けると共に、操縦席に屋根、風防ガラス、及び両側の開閉扉を設け、更に前輪のカバー内に油槽を別個に設け、かつ発動機に上方及び両側方を被覆するカバーを形成せしめた三輪自動車の構造」にあるものと認めることができる。

原告は、本件実用新案の考案要旨中には、前記認定のものの外なお、いわゆる第一要件として操縦者の両足下に空冷発動機を有すること、第三要件のうち、前輪カバーは前輪専用で発動機を被覆しないこと及び第五要件として、空冷発動機のカバーは、その前後に開口を有し、冷却用空気誘導用をも兼ねていることを含んでいると主張する。なるほど前記甲第一号証(説明書及び図面)によれば、原告はその説明書中に、本件考案の三輪自動車は、「在来のオート三輪車」の改良である旨及び「発動機にカバーを設けたるが故に、操縦者の足を火傷せしめ、又はズボン等を焼損せしむることなからしむる」と記載し、またその図面には、発動機の位置が足下にあるように記載されているが、その成立に争のない乙第四、五号証によれば、本件実用新案登録出願前水冷式発動機を備えた自動三輪車が国内で知られていたことを認めることができるから、いわゆる「在来のオート三輪車」が当然に空冷式発動機を備えた自動自転車のみを意味するものとは解し難く、また前述の足の火傷、ズボンの焼損並びに図面の記載も、発動機が空冷式に限り、かつこれが操縦者の両足下になければならないものであることを、考案の要旨として、明確に示したものとは解されない。しかも以上記載を外にしては、本件考案において発動機が空冷式に限ることは、登録請求の範囲に、この点に触れた記載が全然ないばかりでなく、説明書中のいずこにも明示されていないから、これが必須要件の一であるとする原告の主張は採用することができない。

更にいわゆる第三要件の一部をなす前輪カバーを前輪専用のカバーたらしめることについても、説明書中に何等の記載もなく、また、第五要件という発動機カバーの前後に開口を有し、冷却用空気誘導用をも兼ねしめる点については、説明書(甲第一号証)には、「発動機及びギヤーの両側及び上部を被覆する如く設けたるカバーにして、これに適宜の通気孔を設く」と記載しただけで、前後及び下方については、何等の記載もない。原告は右の記載を以て、前方及び後方が開放されているものと主張するが、前述のように脚又はズボンが直接発動機に触れないことを目的とする以上、両側及び上部を被覆することは必要であるが、この点に関係のない前方及び後方について何等の記載がないとしても、このことが当然に前後が開放されていなければならない旨の記載を包含するものとは到底解することができない。また発動機の両側及び上部を被覆し、前後に開口を設けたとしても、その成立に争のない乙第七号証にも記載されたような何等かの工夫が施されない以上、より多くの空気は、狭く抵抗のあるカバーの中を避けて、カバーの外に出でることが考えられるから、単に右カバーの前後に開口を有することは、発動機の前方に車体の骨組並びに前輪の前方及び両側を深く被うカバーが存在することを考慮に入れゝば、これがため原告の主張するような冷却用空気誘導の効果は多く期待することができず、これまた本件考案の必須要件とは認められない。

三、次にその成立に争のない乙第一号証ノ一、二、三、乙第二号証によれば、審決の引用にかゝる刊行物オートタイペンブツフAutoty pen buch一九三八年第二六輯には、ゴリアツトと称する自動三輪車が記載きれ、該三輪車は、ハンドルによつて、一輪であるその前輪を操縦するようにした水冷式三輪自動車であつて、その前輪を開閉自在の浅いカバーで被覆し、操縦席に屋根風防ガラス及び開閉扉を設け、更に前輪のカバー内に油槽を設けたものであり、前輪カバーは同時に水冷式発動機、気化器、ラヂエーターをも被覆するものであることが、その記載によつて知ることができ、右刊行物が本件登録出願以前国内に頒布されていたものであることは、原告の争わないところである。

一方また発動機にカバーを付して被覆することは、キヤブオーバー型自動車等で従来一般に行われていたことは当裁判所に明らかなところであり、またその成立に争のない乙第七号証によれば、昭和十二年実用新案出願公告第一一五三六号公報には、空冷発動機の冷却空気誘導用として、前方及び後方を開放し、上方及び両側方を被つたカバーが設けられていることを認めることができるから、発動機の上方及び両側方にカバーを付して被覆することは、審決のいうように、やはり本件登録の出願以前から公知のものであつたといわなければならない。

四、よつて原告の登録出願にかゝる実用新案と右認定かゝる公知例とを対比すれば、前者における「三輪自動車の一輪である前輪をハンドルによつて操縦し、前輪にカバーを設け、このカバー内に油槽を置き、操縦席に屋根、風防ガラス及び開閉扉を設けたもの」は、前記オートタイペンブツクに記載され、「発動機の上方及び両側方にカバーを付して被覆すること」は、その出願前公知であつたものと認定される。

そしてオートタイペンブツクにおける前輪のカバーの浅いのを原告の考案におけるように、下方を除いて前方及び両側方を深いものとし、三輪車の前輪の一つであることを隠し、四輪車のように見せることに、工業的考案というよりは、むしろ意匠的考案に属し、当業者が必要に応じて容易になし得る設計的の考案に過ぎないものと解するを相当とする。

してみれば、原告の本件出願にかゝる実用新案の考案要旨とするところは、いずれもその出願前に公知の事項及び当業者の容易に為し得る単なる設計的考案を集積したものに外ならず、実用新案法第一条にいわゆる考案をなしたものとは解されない。

五、以上の理由により、原告の出願にかゝる実用新案は、実用新案法第一条に規定する登録要件を具備しないものと認めて登録することができないものとした審決は適法で、原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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